単純に、言えない雰囲気とかだけじゃなくて。

未来なんて誰にも分からないもので。
ましてやあんな凄惨な状況で、
今現在のような平和な世の中なんて想像できるはずもなくて。
自分が逝かなきゃ家族が殺されるかもしれないとか、
酷い目に合わされるかもしれないとか、
そう考えてしまうコトは当たり前の事で。
周囲の人間が幸せに生きられる世の中を作るためには、
自分の命で済むならそれを差し出そうって
思ってしまうのも、
無理はないのかな。

怖いとか悲しいとか未練とか、
そういう気持ちに蓋をするためには冷静にならざるを得ないし。
無理に笑顔を作ったり冗談を言ったり、
本当の自分ではないモノになる事で、
心を守る人だって居たかもしれない。
言葉にできないコトが多すぎて、
瞳が物語っているのかな。
「言葉で表現しないと安心できない」なんて甘ったれた事を言えるこの世の中は、
彼らが望んだ未来そのもので。
そして私たちは思ったよりもたくさんの恩恵を受けているのだと思う。

お国のためとか天皇陛下のためとか。
そんな見た事も会った事もない存在のために命を差し出すなんて馬鹿げていると。
極限まで言動を制限して行動を律して。
現実感のない想像上のものに対して敬意を払うなんて今の私たちには考えられないけれど。
そういう世の中になる事をきっと彼らは望んでいて、
だからやっぱり私たちは彼らに守られたからこそ今存在しているのだろう。

魂というものが本当にあるのであれば。
きっと今も彼らの気持ちは生きている。
それそのものは目に見えないけれど。
そっと寄り添えば、
きっと感じられる。

だから近くに相談できる人がいなくても。
誰も信用できなくて疑心暗鬼になってしまっても。
彼らの心に耳をすませて、
そしてどうか立ち止まって欲しい。
面と向かって話す事ができなくても。
抱きしめて温もりを伝える事ができなくても。
ソレは確かにそこに存在するわけで。
だからきっと、
みんな一人じゃない。

コメント

タイトルとURLをコピーしました