「立派になったね」
素直にそう思う。
あどけなさの残る高校時代を知っているせいか、
社会に揉まれて立派になった教え子を見ると感慨深い。
人と接するのが苦手だから研究職がいい!なんて駄々をこねることもあったけれど。
ちゃんとお医者さんになったんだからすごいと思う。
「センセイはちょっと複雑そうだね」
痛いところを突かれた。
苗字を見て、私が結婚していることは分かっているだろうけれど。
ここ数日間のゴタゴタからも、良くない状況は想像できるだろう。
元教え子に話す事ではないと思いつつ、誰にも相談出来ずに鬱々としていた気持ちを。
誰かに吐き出したくてたまらない。
それをグッとこらえる。
「うーん、まぁ、あんまり楽しい状況じゃないかもね?」
詳しく説明なんてしなくても、状況を見れば大体想像がつくだろう。
私もあまり口に出したくない。
頭の中で言葉や状況を反芻するだけでなく、実際に声に出してしまうと。
より深く記憶に刻み込まれるのではないかと怖くなるから。
「ねぇ、センセイ。俺と遊ぼうよ」
…?
突然の提案に疑問符しか浮かばない。
「センセイの旦那さんさ、センセイを裏切ったんでしょ?だったらやり返そうよ、俺と遊ぼう」
この子は何を言っているのだろう。
もしかして、不倫のお誘い?
いやいやいや、それはダメでしょ、絶対ダメ。
というか、私ったら何を本気にしているのかしら。
歳上なのに恥ずかしい。
きっと私を励まそうと、冗談で言っているだけ。
本気にするなんて、やっぱり弱っているんだな、私も。
必死で平静を取り繕う。
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